最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)258号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔要旨〕賃貸人に自ら使用する必要があることを理由として一個の賃貸家屋の一部の明渡を命ずる判決は、当事者が右家屋において共同生活を営むことを絶対に不能とする特別の事情が認められない限り、違法ではない。
〔説明〕(一) 本件家屋は東京都渋谷区代々木初台所在木造瓦葺二階建一棟建坪三八坪余二階二〇坪(階下六室、二階四室)であるが、被上告人(賃貸人)は自己使用の必要に基き解約を申し入れ賃貸借が終了したことを理由として、本訴において右家屋全部の明渡を求めたところ、一審は、上告人(賃借人)側の事情をも考慮し、結局正当事由がないものと認め請求を棄却した。しかるに原審は、右解約申入は二階二〇坪の限度において正当事由があり、賃貸借はその範囲において終了したものと認め、右部分の明渡並びに「階下出入口、便所、浴場、出入口から二階、便所、台所、浴場に通じる廊下は……共用すること」を命じた。
上告理由は右の如き一部明渡判決を違法とし、その理由として次の三点を主張した。
(イ) 被上告人は本件家屋全部につき解約の意思表示をなしたものであるから、もしその全部の解約が有効と認められないならば、右意思表示は全部的に無効であるべきであつて、一部の解約の意思表示として有効と認むべきではない。
(ロ) 被上告人が本件家屋全部の明渡を請求したのに、原審が一部の明渡を命じたのは、民訴一八六条(「裁判所ハ当事者ノ申立テサル事項ニ付判決ヲ為スコトヲ得ス」)に違反する。
(ハ) 原審判決により上告人は、本件家屋において被上告人との共同生活を強いられることになるが、本来かかる一部明渡の判決は、当事者が同一家屋内において各自の家庭生活を破壊されることなく平穏に共同生活を営み得べきことを期待し得る場合に限つて許されるものと解すべきである。しかるに本件当事者は、その家族関係及び従来の紛争の経過等にみても、とうてい将来平穏な共同生活を期待し得ないのに、原審がこれらの点を全く顧慮することなく判決したのは、審理不尽の違法あるものである。
(二) 前掲要旨は右(ハ)についての判旨であるが、(イ)及び(ロ)の点にも簡単に触れよう。
(1) まず(イ)は、法律行為の目的の一部が違法なためその部分が無効である場合に、その無効は全部の無効を導くか否か、という法律行為解釈論上の問題として考うべきであると思うが、本判決は、「被上告人が、本件家屋の解約申入にあたり、その家屋全部について解約の申入をしたものであることは、所論のとおりであるけれども、特にその二階の部分のみならば解約をする意思のないことをみるべき特段の事情のない本件においては、本件家屋の一部たる二階部分並びに共用を必要とする部分のみについても解約する趣旨であると解すべきである、」つまり、第一次的には全部につき解約するが、もしそれが無効であるとすれば、第二次的にその一部について解約するとの趣旨の意思表示がなされたものと解し、論旨を理由なしとした。かかる解釈ももとより可能であろう。
(2) (ロ)については、昭和二四年八月二日第三小法廷判決(民集三巻二九一頁)を援いて、論旨を排斥した。右判例の要旨は、「家屋の全部明渡を求める訴訟において、原告がその一部だけでも明渡を求める意思であることが明らかな場合に、裁判所が、右一部の明渡を求める請求は理由があり、他の一部の明渡を求める請求は理由がないと認めたときは、その一部だけの明渡を命じ、他の部分の明渡を求める請求はこれを棄却すべきで、この場合全部明渡の請求にかかわらず一部明渡を命じたからといつて、当事者の申し立てざる事項につき裁判をなしたものということはできない」というにある。しかし、一部明渡判決は、単に全部明渡請求の一部を認容するものに過ぎないと解するならば、あたかも金一万円の請求中金五千円だけを認容すると同じく当然に許さるべく、民訴一八六条違反の問題を生ずる余地はないのではなかろうか。右判例及び本判決は、全部明渡と一部明渡とでは訴訟物を異にするとの前提に立つているようにみえ、その当否には疑問なきを得ない。
(3) 一部明渡の判決は、たといその使用範囲の点においては双方の必要度に照し相当と認め得べき場合であつても、一個の家屋の共用に伴う困難の受忍を賃借人に強要し、また賃料、光熱費、水道料金の負担等についても多くの問題を残すため、紛争の解決に役立たない場合が必ずしも少くはない。それゆえ、かかる判決は実情を無視した机上の空論の所産だとの非難さえも聞かれるが、そこまではいえないにしても、ともかくも共同生活の可能なことが実際に期待される場合でなければ、かかる判決は許さるべきではないであろう。現に下級審判決中には、賃貸人側に賃貸家屋の少くとも一部については明渡を受ける必要があること、及び賃借人側にも一部ならば明け渡す余裕がある事実を認定しながら、訴訟の経過等を通じて認められる当事者の態度が著しく非妥協的で、一部明渡を命じても将来の協調をとうてい期待し得ないこと等を理由として、全部明渡の請求の全部を排斥した事例が二、三みられるのは、前記のような考え方に基礎をおくものであろう。つまり、当事者に共同生活を期待し得べきことをもつて、一部明渡における正当事由の欠くべからざる一内容と解するのである。
本判決は、右の点に関し最高裁として始めて判断を示したものであつて、前記要旨に掲げたとおりであるが、判文は次のようである。
「本件のごとき家屋について、階上と階下に別れて別個の世帯が共同生活を営むことは、種々の困難な問題を生ずることは所論のとおりであるけれども、現下東京都における如き住宅事情の緊迫せる状況にあつては、かかる場合に立ち至つた各人は万難を排して、お互に協調して、円満な共同生活を営むように努力すべきであつて、本件においても、絶対に共同生活を不能とすべき特別の事情もみられないのであるから、この点に関する所論は採用することはできない。」
右にみるように、本判決もまた、共同生活を期待し得べきことをもつて一部明渡の要件と認めたものであるが、ただ「絶対に共同生活を不能とすべき特別の事情」とは、表現が強きに過ぎ、結局右要件を認めたことを無意味に帰せしめはしないかが疑われる。またかかる特別の事情は賃借人において主張立証すべき事項に属するとの趣旨であること判文上明かであるが、この点はもとより正当となすべきである。
(青山調査官)